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るろうに憂心 浪人譚

世の中を、人生を流浪して思ったこと・考えたことなどの雑記帳。結構本当に流浪人しているどこにも所属していない者です。

アンチ青春考

前回のエントリーでも書いたが、僕は合コンが大嫌いだ。前回は勢いに任せて書いたがなぜこのような結論に行きついたか冷静に分析してみる。

 

僕はそもそも小学校では活発で学級委員とかいうものにも積極的に手を挙げるようなタイプであった。その時は男女のことも将来のことも何も考えずに毎日夕暮れまで団地の公園で遊んだりファミコンやミニ四駆、昆虫採集にひたすら精を出す日々の繰り返しだった。それに何の疑問も持たずそれなりに楽しかったような記憶がある。

 

状況が変わったのが中学に上がってからだ。小学校の時までバカな遊びをしていた周囲が急に色気づきだし始めた。ファッション雑誌を購入したり陽気だった友達がビジュアル系バンドのようにクールを気取り始めた。そして「誰それが誰それと付き合ってる」「誰々ちゃんが誰々君のこと好きらしいよ」という話でもちきりになる。僕はそんな周囲の変化に適応できずにdepressionしていった。中学3年になるころには小学生の時と性格がほとんど変わっていたように思う。小学生までは皆ワイワイやっていたのにいつの間にやら

・王道リア充グループ

・勉強できる頭いいグループ

・運動できるさわやかグループ

・ヤンキーグループ

・ネクラヲタクグループ

こんな具合にカテゴライズされていった。(個人的なバイアスと思い出補正が入っている可能性大)僕はそんな空気が嫌で嫌でどこのグループにも属さない「無」となることを決心した。クラスに存在しているかどうかも分からない存在になることにした。愛だの恋だの友情だのお前らは何をそんなに熱くなっているんだ、と。僕には理解がどうしてもできないのである。いや、正確に言うと理解はできてもなぜか体が拒絶する。

 

高校に入ると周囲のその様相は落ち着くどころかますます加速していった。僕は高校に行くのが本当に嫌でしょうがなかった。不登校になろうかと思った。別にいじめや体罰を受けたわけでもないのにおかしな話であるが。高校は本当にクズの吹き溜まりみたいなところで午後になるとクラスの半分がいないなんてことがしょっちゅうあるどうしようもない高校だった。他の学校の生徒が授業中窓から侵入してくるなんてこともあった(今だと完全に事件だろう)

 

そんな日陰生活を続けていたからもちろん大学なんて考えもしなかった。それこそ今以上に阿鼻叫喚の青春地獄が待ち受けているかと思うととても大学に行く気にはなれなかったし、そもそも大学で何を勉強したいかなんてこともなかったので親とはかなり喧嘩し、険悪になった。結局浪人して大学には進学したが基本サークルには入らないことにした。完全に危険回避で今思えば別にそこまで避けることもないだろうに。アルバイトに精を出したがアルバイトでも飲み会なるものはあるのである。

 

そこで事件は起こった。アルバイト先の先輩女性が遅れてくるとのことで先に皆で飲んでいた。僕は今でもお酒は飲めないが、当時は何とか頑張って飲んでいた。その先輩女性が来るまでにビールをジョッキ3杯は飲んでいた。自分としてはもう酒豪の域だ。が、その先輩女性が着た途端「あれ~、憂心君”全っ然”飲んでないじゃん!!w」と言う一言。僕は完全にスーパーサイヤ人へと化した。何かが音を立ててプツりとキレた。

 

「帰りてえ」

 

ずっと思っていたがまだまだお開きには時間がある。酔っぱらいだしてきた他の先輩男性が絡みだしてくる。やれコールだの一気だのを要求してくる。あまりにもそのナメた態度に若かりし僕は完全にキレ、暴挙に出た。何の酒か忘れたが一升瓶を持って一気に飲み「お!いいぞ!!」という周りの声を無視し、あおってきた先輩男性へとその酒を一気にぶっかけグレートムタよろしく毒霧攻撃をかました。お互い取っ組み合いになり差し違えるつもりでいたがそこに大学の少林寺拳法部の学生が2名いて僕とその相手は取り押さえられてそのままそのアルバイトはやめた。

 

僕はそれを機にもう飲まないときは絶対飲まないと決めたのである。「飲めないの?!」「えー、つまんない!!」ふざけるな、である。特に男より女の方がそういうことを言う人が肌感覚として多い。こうやって僕は社交の場からどんどん遠ざかっていく。そもそもの躓きは青春時代の不適合から始まっていたのだ。もう僕が恋愛や結婚ができないのはDNAに仕組まれた運命なのだと言える。

未だに青春と言うものには違和感しか感じない。モノトーンの人生を謳歌していくのもまた一つの人生だ。